日本福祉のまちづくり学会関西支部

 
セミナー

第22回 日本福祉のまちづくり関西セミナー報告
日本人間工学会関西支部・共催企画  
「市民参加の交通バリアフリー                     
        〜人間工学と福祉のまちづくりのコラボレーション」

―2004年12月11日(土) 大阪市立大学 杉本キャンパス(大阪市住吉区)―

本セミナーは日本人間工学会関西支部との共催で行い、同学会支部大会のプログラムの中に入れていただいた。 支部大会からの参加者も多く、60名近い参加者を得た。

本シンポジウムのテキストを希望される方は、1000円(送料込み)にてお送りします。 事務局までご連絡下さい。

コーディネーター:

新田保次(大阪大学大学院工学研究科)
コメンテーター:
三星昭宏(近畿大学理工学部社会環境工学科)
パ ネ リ ス ト: 藤村安則(中央復建コンサルタンツ株式会社)
森 一彦(大阪市立大学大学院生活科学研究科)
山岡俊樹(和歌山大学システム工学部デザイン情報学科)
「市民と進める交通バリアフリーの目的と意義」
 新田保次(大阪大学大学院工学研究科)
新田保次氏の講演の様子 〈新田保次氏:講演の様子〉

 まず、新田先生から問題提起していただいた。

  交通バリアフリー整備の目的を大目的、中目的、小目的とする。大目的は「すべての人々が自立した日常生活や社会生活を営むことが出来るようにする」ことであり、この目的を達成するための手段として、バリアフリー整備があると考えられる。中目的として、「交通環境におけるバリアフリー化の実現」といったいくつかの目的があり、さらに小目的(例えば「歩道のバリアフリー化の実現」など)があるとしている。
 バリアフリー整備の関係者は、小目的だけに心を奪われるのではなく、常に大目的を意識し(これが「高い志」である)、自らの役割を豊かにする必要がある。

 最近は、行政評価のツールとしてベンチマークが使われている。このベンチマークはもともとは測量の基準点のことであるが、いまは「現状の到達点を判断する評価指標」として使われている。
 達成すべき内容を明確に示した目標と、現在の到達点を示すベンチマークの両方を設定し、このベンチマークを専門家だけでなく、一般市民にも分かりやすいものにすることで、到達状況が把握しやすく、目標を見失うことなく進めていくことができる。
 アマルティア・センの「不平等の再検討」より、人の持つ潜在機能(例えば「車いすを用いて外出が出来る」など)は、それを発揮できる社会の整備があって初めて実現できるものであり、どちらかだけでは成り立たない。
※「不平等の再検討−潜在能力と自由」:アマルティア・セン(池本・野上・佐藤訳)、岩波書店、2000

「福祉の交通まちづくりにおける市民参加の事例と課題」
 藤村安則(中央復建コンサルタンツ株式会社)

藤村安則氏の講演の様子〈藤村安則氏:講演の様子〉

 各地で交通バリアフリー基本構想に関わる藤村氏より、市民参加の必要性と進め方についてお話いただいた。
  まちは、ただ「かたち」や「しくみ」をつくっていくのではなく、それを利用する人の「こころ」も育てていかなくてはならない。まちづくりの課題としてこの3つが挙げられる。

 市民参画をうまく進めるポイントとして、基本構想のプロセスを下記の4つのフェーズにわけ、各段階での体験プログラムを実施する。
・第1フェーズ:バリアフリー点検調査
・第2フェーズ:計画段階
・第3フェーズ:事業実施(工事)段階
・第4フェーズ:事後評価段階
 各段階における効果的な体験プログラムは異なる。この体験プログラムに市民が参加することで、まちづくりを理解していく。しかし意見調整が難しく、これにはコーディネーターの存在、技能が重要である。
 いずれにおいても継続的な取り組みが重要で、「住民」「行政」「事業者」が継続し対応できる仕組みが必要である。
「情報(視覚・聴覚)障害者とユニバーサルデザイン」
 森 一彦(大阪市立大学大学院生活科学研究科)
森 一彦氏の講演の様子
〈森 一彦氏:講演の様子〉

 森先生からは、かつて行った東京駅における行動調査についてお話いただいた。
  駅は最近ますます複雑化し、かつての(無人駅のような)駅舎は、ただ電車に乗るだけでよかったが、今の駅舎は列車に乗るまでに様々なプロセスを経なければならない。施設は、機能を追加すればするほど弱者を排除していくことになっている。情報保障を確保することは本当に難しい。

  健常者、聴覚障害者、視覚障害者それぞれが、改札に入るところから乗車するまでの行動を、切符を購入する、乗り場を探す、ホームまでの階段を探すなどの経路を同行調査し、場面ごとで分析した。
 所要時間、立ち止まり回数などを記録したデータを見ると、一番立ち止まった(=迷っている)回数が多いのが健常者であった。では、障害者は迷っていないかというとそうではなく、不安ではあるが迷いを解消する手段がないので、行くしかないということではないだろうか。
 この迷いをどのように解決しているか、そこがポイントで、視覚障害者は音声案内よりも自動券売機のお金の音などの状況音で判断している。迷ったらその迷いのサイクルを止めなくてはならない。その手段は、「耳を澄ます」「立ち止まって考える」などであり、サインではないということがこの調査から分かる。

「公共空間のユニバーサルデザイン」
 山岡俊樹(和歌山大学システム工学部デザイン情報学科)

森 一彦氏の講演の様子
〈山岡俊樹氏:講演の様子〉

 山岡先生には、京都駅のバリアフリー(バリア)チェックの報告していただいた。
 京都駅は、建築デザインが先行しすぎて利用者の行動が想定されていない。建築家は吹き抜けをつくりたがるが、吹き抜けをつくると必然的に2階の床面積が小さくなり、それが通路を狭くしたり、混雑を招くことになる。

  京都駅は、以前の駅の方が良くできていた。今は観光客と通勤客の動線が渾然とし混乱している。全体的に暗いトーンなので、弱視の人には見えにくい。サイン計画も悪く、文字の大きさ、コントラストも配慮に欠けている。
 ユニバーサルデザインの原点はちょっとした気配りである。しかし設計者の豊富な経験がないと気配りも出来ない。ユニバーサルデザインを実現するための、あらゆる問題点をHDT(ヒューマンデザインテクノロジー)という手法を用いて解決していく。対処療法的ではなく、しっかりしたコンセプトを最初に徹底的につくっておけば、必ず良いものができる。
 人間工学会でつくった「UDマトリックス」を用いて、設計段階にコンセプトをしっかり構築して欲しい。
ディスカッション
人間工学会関西支部と福祉のまちづくり学会関西支部とは、平成14年に共催シンポジウム「交通バリアフリーへの人間工学からのアプローチ」を行った。

ディスカッションの様子
〈ディスカッションの様子〉
コメントする三星昭宏氏

〈コメントする三星昭宏氏〉

〈三星〉交通バリアフリー法の基本構想では、きめの細かい参加型のまちづくりが行われているが、策定委員の中に人間工学や建築分野、福祉分野の参画が少ない。今後これをどのように広げていくかが重要な課題となる。
 交通環境の評価として、身体機能を測定する研究も行っているが、我々とはバックグラウンドが異なるので大変難しい。そういう意味でも、人間工学分野とのコラボレーションが重要であると、今日再確認したところである。
〈藤村〉関西空港の計画に関わったが、建物のアプローチまでは大きく分かりやすいサイン計画ができたのに、建物に入ると急に小さなサインとなってしまった。建築計画と土木計画とのコラボレーションがうまくいかなかったからである。
〈三星〉かつては建築の人と議論していると、あまり公共性のことを考えないと思う人が多かった。逆に土木は人間が使うものであるということを意識していないところがあった。昔から土木と建築は反目する部分があり、いまだにうまく融合していない感がある。これらのコラボレーションがなくては良いものは出来ない。

〈山岡〉人間と機械との関係を調和しようとするのが人間工学の分野である。これらすべてマネジメントである。京都駅は建築デザインコンペにより決まったデザインであるので、このコンペを発注した側にも問題があると思う。経営方針がはっきりしていれば、コンペの要項の段階で、重要な点を伝えておくことは出来たはずである。世の中すべてマネジメントがもっとも重要であると思うが、マネジメントが専門職であるという認識が薄い。

〈森〉先ほど途中で終わってしまったので、追加する。居住福祉工学という分野がある。この分野は「住む」という視点を重要としている。駅はまだ「住む」という認識になっていない施設である。人間は適応能力のある動物であるが、障害を持つ人はこの適応能力が強くない。適応能力の強い人が環境の刺激が強いところへ行くと、さらに能力を発揮できるが、適応能力の弱い人は強い刺激を受けると能力が落ちてしまう。障害者の適応能力を上げるか、環境の刺激を低くするかそのどちらかである。
〈藤村〉市民参画と言われるが、計画者、事業者、施工者がつながっていない場面は、多く見受けられる。計画者の考えや思いが、施工者に伝わっていないことがよくある。これによって、1cmの段差を施工誤差と見るか、大変な障害と見るかは変わってくる。
まとめ
 最後に、コーディネーターの新田先生より、まとめがあった。
 大変勉強になるシンポジウムであった。バリアフリーを学ぶ大学でさえ、バリアフリー化が進んでいないというのが現状であり、これからはシステムマネジメントがますます重要となるということも良く分かった。今日は時間となってしまったが、これを引き継いで更なる議論を深めたいので、今後ともコラボレーションを行っていきたい。


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